中年のひとりごと
その日その日につれづれに 誰に話すでもなく 気兼ねするでもなく 感じた事 思った事をつらつらと・・・
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 ▼2006/11/08 20:47
自分とは 1

近頃やたらと身体中が痛む様になってきた。無理をすると、てき面に負の作用が現われる。そうすると手抜きではないが、要領というものが少しづつだがわかるようになってきた。


まだ、20歳代前半の頃、大学を出たてで、社会人になりたての頃の話。ちょうどバブルが最盛期の頃の話だ。

僕は何をするにも全力疾走しか出来なかったのを思い出す。仕事、趣味、恋愛、友人付き合い、先輩との関係、などなど・・・。
一日が倍くらい時間が欲しいとも考えていた。


その頃、配属された部署は西ドイツ製の研究機器を輸入販売する部門だった。当然、ドイツ語は一から勉強、おまけに文系なので、高校物理も一から勉強、インボイスや欧米向けのカタログを和訳するのに商業英語も一から勉強という風に、大学の四年間よりもよっぽど実質勉強していたと思う。


そして、プライベートではボーイスカウト活動、バンド活動、毎晩の先輩達とのスナック活動、恋人達との?活動である。

当然、その効果は序々にあらわれた。
まず、身体を壊した。肝機能障害、膵炎、腰椎症などなど
酒に溺れた。毎日ボトル半分と日本酒一升を日課とした。
恋人が出来ては失う事の繰り返しだった。ただし全て自然消滅ばかりだった。


次いで、入社一年では不可能だと思われていたラングミュアーブロジェット有機薄膜製造装置の販売契約にこぎつけた。(定価1500万円)
[単に営業の行き先に困って大阪の某市立大学の工学部教授と週に一二回ほど茶飲み話しをしていたら、たまたまその教授に科学研究助成費が当たったからのことだけど・・・]
そして前任者から引き継いだバジェット(年間目標予算)を倍以上に引き上げた。
[前任者が結構ぐーたらで担当の研究機器が何に使われるのか判ってなかったみたいだけど・・・]


3番目に飲み屋街でのボトルキープ数は20軒を越えていた。
給料はほとんど残らなかった。
貯金など考えたこともなかった。
韓国・台湾・アメリカ・メキシコと海外旅行も年に二回位は遊びに出かけた。
出勤日のうち出張が1/3を占めるので、地方出張にかこつけては、西日本から北九州までの地域で旨いもんと地酒を知った。


結局は睡眠時間を削るしか人の与えられた時間は普遍なので、よく友達や先輩達からも「何をあせってるんや!」と、叱咤された。でも、本人は焦っているつもりなど毛頭も無く、ただ、がむしゃらに、じっとしている事が罪悪でもあるかの様に何かに向かって突き進んでいた。


手を抜くことはもちろん、生来の負けん気も手伝って妥協という言葉は僕には通用しなかった。納品先のお客さんからのクレームで深夜に神戸を出て、島根県の安来市や東京まで車で飛んでいった事も懐かしい。


その頃、小さな会社で製造業を営んでいた大学の先輩が、祖父の代から続いてきたひの会社の商標権を売ることが出来ないかと相談してきた。
僕は営業の立場と法学士のごく僅かな知識をフルに利用して、半年間で某同業他社にその商標権・営業権・販売先などを当時の金額で1000万前後の金額で譲渡する事案を纏め上げた。
成功報酬として一割のマージンを約束してくれていた。けれど、マージンを貰うどころか、賃貸借契約の連帯保証をしてくれと泣きついてきたので、二件の連帯保証人として署名までするお人好しだった。

今から思えば よくあれだけの仕事量をこなしたとは思うけれど、若さとは時に奇跡じみたこともしでかす様だ。そして、手痛い裏切りや自滅も若さゆえに克服出来るのかも知れない。


くだんの先輩は営業譲渡料の入金とともにその愛人と海外逃亡してしまった。この後、僕のまわりの先輩や友人達まで巻き込んで、大きな詐欺事件まで発展した。正直ものはアホを見るとは言うけれど、全員がお金を貸したり、保証人になったりした事を堅く口を閉ざしていた。みんな騙されたと判ったのは、かの先輩が失踪してから随分と時間が空いてからだった。
愛すべきアホウ達は今でもずっと僕にアドバイスや助言を与えてくれている。


そんなこんなで結局僕は多臓器不全という病名で突然倒れ、おまけに精神的にも多大なダメージを受けた為に酒に溺れ、アルコール依存症とまで診断されてしまった。


テーマ:40代のエンジョイライフ - ジャンル:ライフ



 ▼2006/11/07 22:25
なぜこの子らは世の光なりか

 エドナマシミラの詩
 大江裕

 「なぜこのらは世の光なりか」

 伊藤隆二著 樹心社刊


  会議が開かれました
  地球から、はるか遠くで。

  “また次の赤ちゃん誕生の時間ですよ”
  天においでになる様に向かって、天使たちはいいました。

  このは特別の赤ちゃんでたくさんの愛情が必要でしょう。
  このの成長はとてもゆっくりに見えるかもしれません。
  もしかして一人前になれないかもしれません。

   だからこのは、下界で出会う人々に、
  とくに気をつけてもらわなければならないのです。

  もしかしてこのの思うことは
  なかなかわかってもらえないかもしれません。

  何をやってもうまくいかないかもしれません。
  ですから私たちはこのがどこに生まれるか
  注意深く選ばなければならないのです。

  このの生涯がしあわせなものとなるように。

  どうぞ
  こののためにすばらしい両親をさがしてあげて下さい。
  様のために特別な任務をひきうけてくれるような両親を。

  その二人はすぐには気付かないかもしれません。
  彼ら二人が自分たちに求められている特別な役割を。

  けれども天から授けられたこのによって
  ますます強い信仰と豊かな愛を抱くようになるでしょう。

  やがて二人は自分たちに与えられた
  特別のの思召しを悟るようになるでしょう。

  からおくられたこのを育てることによって。
  柔和でおだやかなこの貴い授かりものこそ

  天から授かった特別のどもなのです。


テーマ:赤ちゃんに会えるまで・・・ - ジャンル:結婚・家庭生活



 ▼2006/11/07 20:48
We are the world























We Are The World
今をさかのぼる20数年前 ボーイスカウト神戸地区の最後の野営大会が神戸市立農業公園のワイン城で開催された。現湊川地区と神戸地区のローバースカウト達で企画・運営された野営大会はその後のスカウト人生や社会人生においても大きな自信とたくさんの仲間達を作ってくれた。

 最後の夜 車載型のオーロラビジョンやレーザー光線等も導入され、盛大な野外コンサート風キャンプファイヤーが行われた。(当時は有名な上場企業や後援企業もスポンサーとして数多くキャンプを支えてくれたものだった。)

 ボーイスカウト神戸地区のスカウト達はクインシー・ジョーンズを旗頭に結成された USA for Africa の合唱をその日の演目に選んだ。アメリカからの派遣スカウト達のバックアップも功あって中々の練習風景だった。

 当時RSだった小生が奏でる一本のギターを取り巻き、32名のスカウト達が合唱する"We are the world"は演目中でも圧巻物だったと自負している。

 しかし当時の記録を彩る記念ビデオからはカットされてしまったのが残念だった。(著作権関係の問題だった)

 良き思い出のシーンはどのスカウトにも必ず残るもので、そうであるからこそ、尚、スカウト活動を邁進出来得るものだと思う。

 今でもこの曲のフレーズが流れると、当時のスカウト達や仲間達、キャンプのワンシーンを思い出しては感慨にふけるこの頃です。

スカウト活動を頑張っている諸兄達にも、たくさんの思い出と仲間達との絆を作って欲しいと願うものです。








We Are The World (USA For Africa)"









There comes a time when we heed a certain call

When the world must come together as one

There are people dying

and its time to lend a hand to life

There greatest gift of all


We cant go on pretending day by day

That someone, somewhere will soon make a change

We are all a part of Gods great big family

And the truth, you know, Love is all we need

[Chorus:]
We are the world,
we are the children
We are the ones who make a brighter day

So lets start giving

Theres a choice we're making

We're saving our own lives
its true we'll make a better day
Just you and me

Send them your heart so they'll know that someone cares

And their lives will be stronger and free

As God has shown us by turning stones to bread

So we all must lend a helping hand


[Chorus:]

We are the world,
we are the children

We are the ones who make a brighter day

So lets start giving

Theres a choice we're making
We're saving our own lives
its true we'll make a better day
Just you and me

When you're down and out, there seems no hope at all
But if you just believe theres no way we can fall
Let us realize that a change can only come
When we stand together as one
[Chorus:]

We are the world,
we are the children
We are the ones who make a brighter day
So lets start giving
Theres a choice we're making
We're saving our own lives
its true we'll make a better day
Just you and me






 ▼2006/11/06 20:52
母性

夜 仕事が終わり、我が家に辿りつくと、既に家族はみんな深い眠りに入っている。
カミサンも静かな(?)寝息を立てている。
隣で寝ている4歳になる次男が突然、何か寝言を言うと、カミサンは寝ているはずなのに返事らしい言葉を返す。
そして、カミサンはいびきを立てて寝入る。

少しの間 二人を眺めていると、今度は「うーん」と次男が『のび』をして寝返りを打つ。するとカミサンは次男に布団を掛け、トントンと布団の上から次男をあやす。
そして、またいびきを立てて寝入る。

見ていて、『お見事!』の一言に尽きてしまう。


たまに朝起きると、カミサンが僕の足や肩を揉んでくれているのに気がつく。
きっと寝ている僕が「うーん」とでも言いながら、仕事疲れのしかめっ面をしているからだろう。


いつの間にか、愛すべきカミサンの三男坊になってしまった様だ。


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 ▼2006/11/06 20:09
無邪気

幼子の無邪気って本当に邪気が無いものだと思う


 でも年頃の青少年達の無邪気って怖いね


 邪気を判ってて無邪気ぶるんだから


 歳


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 ▼2006/11/06 20:06
見方を変えてみない?

考え方や見かたを変えてみない?


いつもの通り道を変えてみるだけでもいい


見えなかったものや見つからなかったものが見えてくるから


 歳


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 ▼2006/11/06 20:05
ひとつ聞いてもいい?

ひとつ聞いてもいい?


あなたの愛している人


愛してくれている人の


心の弦に響く何かを


今日 近頃しましたか?



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 ▼2006/11/06 19:58
愛してなんぼ
人間は

愛されて なんぼ

愛して なんぼ

 

人でもいい

物でもいい

仕事でもいい

 

どれだけ 愛せるか

どれだけ 愛されたか

それが 大事



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 ▼2006/11/06 13:08
介護保険

母は進行性の第四期末期癌だった。肺癌を宣告されてからの二年間、入退院と転院を繰り返したが、抗癌剤と放射線の副作用で髪の毛が抜け始めたことをとても気にしていた母は70歳を過ぎてはいても魅力ある女性だった。


抗癌治療をしていた地域の市民病院を退院する際には、カツラを取り寄せ、体力も残り少ない身体で退院の時に着ることに決めていたお気に入りのワンピースを着こなして、僕の押す車椅子で颯爽と退院した。


市民病院では救急患者を入院対象としていて、養生目的や長期入院患者は転院か自宅療養を迫られる。
だが、放射線治療も効果なく、進行を食い止めることの出来なくなった結果を母は、自宅療養といった選択をした。
病院内の地域連携室で在宅ケアに関する説明や方法を教えてもらい、民間のケアセンターと訪問看護婦と訪問医を紹介していただいた。
そして母は介護5と循環器障害者3級としての認定をされた。


自宅では各部屋に母が伝わり歩き出来るよう手すりを取り付け、台所・廊下には一息つけるように椅子を置き、電動ベッドを設置した。
民間のケアセンターでは週に四日、ヘルパーさんが2時間程度の訪問で洗濯や掃除、昼食の世話、買い物などを手伝ってくれた。
訪問看護婦さんは週に二日、バルーンと呼ばれる膀胱留置用カテーテルの処置や入浴・清拭などを担当してくれた。
また、訪問医さんは週に一度、看護士さんとともに薬の処方と診察、それに母の話し相手として労わってくれた。


介護保険法が施行されて助けられたのはやはり、ケアマネージャー介護支援専門員)の存在だった。
ホームヘルパーさんや訪問看護婦さん、訪問医さんとの連絡はもちろん、介護用品の手配やレンタルなど、平日の昼間に勤務する者にとっては不可能に近いことを全て仕切ってくれた。 
介護といっても平日の勤務を持つ家族にとっては、療養者の心配事を持つのと持たないのとでは帰宅してからの心構えからして違ってくるものだ。


実家に母の療養の為ではあるけれど、泊まるのは久しぶりのことだった。
帰宅してから、夜遅い食事の支度と朝食の準備をしながら母とした会話の全てに、僕を育てくれた母の愛情が詰まっていた。
自分の痛む身体をおしながら、自分が逝った後のことを心配し、葬式のこと・墓のこと・身内に対しての遺言・友人達への手紙などくどい位に僕に話そうとしていた。
深夜、寝入る時には、僕の小さかった頃の想い出と亡き父との想い出にひたっていた。


童話が聞きたいというので、事務所のコンピューターで、借りてきたCDの童謡全集や懐メロをせっせとダビングしては持って帰った。母は一日中それらを聞いていた。


自宅療養して一ヶ月もたった頃、訪問医が来てくれている時間を見計らって帰宅して見ると、ドクターからホスピスに入院する様に強くすすめられた。

母の体力は一人にさせることも油断ならない程、弱りきっていた。


テーマ:ケアマネ - ジャンル:福祉・ボランティア



 ▼2006/10/30 20:33
冒険

息子は先月で4歳になったばかりだが、既に1歳の時にはよちよち歩きながら公園で滑り台のはしごを一人でよじ登り、頭から滑っては喜んでいた。
今では箪笥によじ登っては飛び降りるのを得意としている。
息子のワンパク姿を見ていると、たまに自分の姿と重なってくる。


僕の少年時代には近所には原っぱや材木置き場などがあちこちにあったものだ。
小学4年生の時に材木置き場で多種多様な材木が積まれたわずかな隙間を見つけて、友達と本や懐中電灯、お菓子を持ち込んでは秘密基地遊びを満喫した。
5年生になって商店街のアーケードを電柱からよじ登ることを発見してからは、アーケードの上に配置された点検用通路を走り、近接するビルや店舗の屋根を文字通り「飛んで行く」のを『冒険しに行こか』の合言葉で集まった。
また、青谷山ではハヤを網ですくい、スズメ蜂に追いかけながら水筒ひとつで走り回った。
王子プールの生垣に巣食ったカナブンやシジブイを捕まえては、金魚屋さんでお小遣いにし(カナブン一匹5円 ジジブイ十匹10円)、ビール瓶を拾っては酒屋でお小遣いにしたものだ(当時でも一本10円)。
ラムネの空き瓶を割って綺麗な水晶玉を宝物にし、牛乳瓶のフタをわけもなく集めた。今でもそれらは実家の物置にしまっている筈だ。


去年、当時小学4年生の長男が、マンションの屋上に段ボール箱を持ち込んで、友達と秘密基地遊びをしていたのを住人に見つかり、こっぴどく怒られてた。
僕は内心、そんなに怒らんでもええんちゃうと思っていた。
今まで、長男にかみなりを落としたのは、数え切れないくらいあるけれど、危険を承知で遊ぶ事には、体験しないと判らない事が多いと思うからだ。
もちろん親としてはしてはいけない事や入ってはいけない所を教える義務がある。
ただし、これ等には建前と本音があってもいいだろう。


子供達の持っている興味心や探究心は無ければならないものだと思うし、行動には責任が伴うことも教えなければいけない。
する前から「危ないから駄目」では、植林された杉のごとく、ただ、画一化された規格のものしか社会にそぐわないと烙印された様に感じてしまう。


以前、羽根木プレーパークの会著 『冒険遊び場がやってきた!』を読んだことを思い出してネットで検索してみた。
この数年で
日本冒険遊び場づくり協会が発足され、神戸市内でもたくさんの活動拠点を持って行動していることを知った。
さっそく
会下山プレイパークに参加意思をメールしてみた。


冒険遊び場とは『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、、子供遊び場の中でもより年長の子供達にやや冒険的で、多少の危険の伴う体験的で、自分達で遊びの内容を構築していく可能性のある遊び場のことをいう。


空き地や山・川・海の自然が徒歩では行けない住環境で暮らす、都市部の子供達にはこういう活動が、いいもんじゃないかなぁ。


テーマ:★★おすすめ♪★★ - ジャンル:ブログ



プロフィール

mormobu

Author:mormobu
神戸在住 料理屋経営
二人の息子と恋人がいます
音楽・読書・映画とにかく何でも見て聞いて楽しんでいます
野外活動が大好きです
ボーイスカウト活動をしています
青少年問題には特に関心があります
学生時代はバイクとバンドとバイトの3Bにあけくれていました



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